ムーンダスト
「は…?」
電話の向こうから聞こえる声。兄貴が事故にあって病院に、彩世ちゃんからの電話に背筋が冷える心地がする。向こうで何かを言っているが、全く頭に入ってこない。今すぐ病院に行って少しでもそばにいてやりたい。すぐに病院の名前を聞いて…そう思い彩世ちゃんの声に再度耳を傾けて、少しだけ頭が冷えた。向こうは家族なんだから俺よりも衝撃を受けただろうに、俺は年上なのに何をしているんだ。落ち着け。俺が取り乱してもどうにもならない。
「大丈夫だ。大丈夫だから落ち着いて。」
もはや自分に言っているのか彩世ちゃんに言っているのか分からないような言葉をかけてから電話を切り、すぐに家を出て病院に駆け込んだ。
今日は透矢さんと出かける予定の日だった。またいつものようにどこかに連れていかれるだけの日だが、それが楽しみだったんだ。
「なんでこんなことに……」
そう、ポツリと呟きながら、廊下を最大限の速度で歩き、彼がいるという処置室に向かった。ガラッと音を立てて扉をスライドさせると、そこにはポカンとした顔でこちらを見るいつも通りのアンタがいた。
「あー、ちょっと擦ったけど大丈夫だぞ?」
へらっと笑ってそう言う彼に、目に見える怪我は一つもない。強いて言うなら掌にちょこんと絆創膏が貼ってあるくらいだろうか。
………ほんっっっとうに心臓に悪い。あとから話を聞いて、ただ俺が勘違いして突っ走っただけだとわかった。彩世ちゃんは待ち合わせに行けないということを、俺に伝えようとしてくれていただけで、声が震えて心配そうにしているとか思ったのは勘違いに過ぎなかったようだ。恥ずかしすぎて彩世ちゃんに合わせる顔がない。
次に会う約束をしてから、家に帰ってふと、思う。あの時俺は、アンタを失うんじゃないかって怖くなったんだ。……失うってなんだよ俺のものでもないのに。もっと早く、もう一度気持ちを伝えるための努力をするべきだったと後悔もした。
……怖かったんだ。この関係すら失うのが。でも、間違っていた。努力して、アンタと向き合うべきだったんだ。
……つぎは風邪をひいたらしい。アンタあほか、どれだけ心配かければ気が済むんだよ。
はぁ…見舞い…何か持っていくべきだよな。何がいいんだ。とりあえず無難にスポーツドリンクやゼリーを買ってドラッグストアを出ると、隣に花屋があるのが目に入った。
花…。たしかあの3人が俺に花を持ってきてくれてたよな。……いや、うーん、とりあえず見るだけだ、見るだけ。
「いらっしゃいませー!!!何かお探しですか!?」
店に入った瞬間やたら元気の良い女性店員に話しかけられる。
「え、いや、見舞いに花をもっ」
「ご希望の花はございますか?」
「特には……」
ない、と言いかけて青いカーネーションが目に入った。
「……珍しいですね、青いカーネーションなんて。」
「最近はカーネーションでもいろいろ種類があるんですよ!」
珍しい花だし、悪くないかもしれない。
「このカーネーションを入れてください。」
「かしこまりました!どなたに送られるんですか??」
「………」
怒涛のテンションに押されてつい買ってしまった。いや、まて、冷静に考えてみたら花渡すとか重くないか?さすがにただの風邪に花渡すってどうなんだよ、重すぎだろ…。
色々考えながらも、翔湊は作ってもらった花束を手に透矢の家に急いだ。
彼を見舞うために。
p.s.
花屋の店員さんとのお話は『花屋にて。~既視感~』を参照。
翔湊の色々な考えについては『見舞い道中』を参照。
お見舞いの花をもらっての先輩の気持ちについては『見舞い後』を参照。