花を散らす頃
翔→透っぽい
透矢さんに恋人がいる。
エイプリルフールの嘘にしようとしたら嘘にならなかったやつ。
上記が大丈夫ならどうぞ!
強い風が吹く。春特有の朗らかな日差しは暖かいのに、吹き付ける風は冷たく頬を刺した。
強い風は時折、柔らかな花弁をどこか遠くへ運んでいく。ぼんやりとそれを目で追っていれば隣を歩く男。先輩は、世間話でもするような声色で一言つぶやく。
「そういえば、俺今度結婚するんだ」
柔らかな桜の花びらを頭に飾った彼は、そう言うと幸せそうに笑う。
恋人がいるなんて聞いたこともなかった。突如落とされた言葉は、自分を混乱させるには充分で、思わず足を止めてしまう。
聞こえなかった振りをしようか。強い風に揺らされた花のざわめきで、分からなかった振りをしてしまおうか。
足を止めた俺を不思議そうに見る顔を見返して、「冗談か」そう言ってしまおうか。
驚いただけだ。混乱しているだけだ。
好きじゃない、好きだったわけじゃない。
これは好意じゃない。
ただ彼が、どうしようもなかった俺の世界を色付けてくれて、そんなアンタを気に入っていただけで。
なら、どうして言葉が出てこないのだろう。
「おめでとうございます。アンタが選んだ人ならいい人なんだろ」
そうやって言えばいいだけなのに。
言葉は頭の中にあるのだから、それを口にするだけでいいはずなのに。
本当はとっくに気づいている胸の痛みの原因は見ないふりをして、そうやっていつもみたいに言ってしまえばいいのに。
「…そうなのか」
不思議そうに、ともすれば心配そうにこちらを見ていた彼が俺の名前を呼ぶよりも先に、吐き出せた言葉はそれだけだった。
ぽかりと口を開けた彼は「え、それだけ?」と雄弁に語る表情を隠しもしない。
「…そもそもアンタに恋人がいるなんて初めて聞いたんだが」
「あれ…言ってなかったっけ?あー…前に一度翔湊も会ったことあるはずの人なんだけど……」
「…覚えてない。そもそも関係者なんて沢山いすぎて一人一人なんて覚えてられねぇよ」
「それもそうか…」
「……ごめんな?」
「別に謝るような事じゃ……、…俺には関係ない」
「いやでも、」
「いいから、もう帰りたい。寒いし」
「…あぁ、まだ風が冷たいからな!近くでコーヒーでも買ってこうか」
「…ん」
何か言いたげな目を遮るように歩き出せば自然と会話は途切れ、代わりに強い風がご機嫌に花を散らす。
「おめでとうございます、お幸せに」
上手く吐き出せないまま震えた吐息はなんとか祝福の言葉を述べた。こんな言葉、風にかき消されて消えればいいと思ったのに、隣を歩く男は「ありがとう」なんて言って、ふわりと笑う。
聞きたかった。いつから付き合ってるのか。
どんな人なのか。
聞きたくない。どんなところが好きなのか。
俺より前から知り合ってるのか。
アンタのことだから騙されてたりしないか。
でも、ばかみたいにお人好しで、優しいアンタはきっとその人を幸せにするんだろうな。
先輩、俺はもういらないのか。
俺がいないとダメだって、言ったのに。
嘘つき。
けれど、本当はアンタの事が好きだった俺が一番嘘つきだ。
俺はアンタがいないと駄目なのに。