後悔はしない

翔湊がステージに立つ。彼の口から紡がれる言葉は、会場にいる全員にぶつかり、心を揺さぶった。歓声が轟きになる。全体の空気が渦を巻くように上昇していく。これが翔湊の才能だ。その才能が誇らしくて、たまらなくなる。俺は、歓声が沸いたとき、上手くいったと言わんばかりに翔湊の眼が、無邪気な子どものように瞳の中へ飛びこんでくるのが好きだ。 

だが、今日は違った。翔湊の視線は誰かを探すかのように彷徨い、そしてステージのすぐ前に留まる。いつもならただ真っすぐに、正面にいる俺を見つめるはずだ。そんな決まりがあるわけではないのに、つい、説明を求めるかのように翔湊の視線の先を見てしまう。

彼の瞳は、ふわふわとした亜麻色の髪の女性を捉えていた。知らない。疑心と嫉妬が足にからみついてきて離れなかった。せめて教えてほしかった。心にうごめくこの感情に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。知りたくない。形容しがたい感情は、彼を映すのも忘れて、ただただ床の冷たいコンクリの色を映した。

 

 

 

 

 

「……すき、だ。」

 

不意だった。少し掠れた声にびっくりして振り返る。あいまいな亜麻色よりも鮮明な金が、自己を主張するかのように瞳に飛び込んでくる。彼の瞳は冷たいコンクリの色を映しているのだろうか。まだ飛び込んでこないその色を、心が求めてしまう。

だが、決まり切ったシナリオかのように、「俺も好きだ」と勝手に口が言葉を紡いでいく。使いたくもない表情筋が動いて、滑稽で歪な笑顔を形作る。「他の世界を知るべきだ」と、さっきまでの醜い感情を知る前の自分の言葉が、ゆっくりと彼を刺していく。

耐えられなくなって俯いてしまいそうになった。いつのまにか顔をあげてこちらを見ていた彼と、目を合わせられない。こっちのことなんか全て見抜いているというような突き刺す眼差しと、一瞬目が合う。恋焦がれたその瞳は真っすぐにこちらを射抜いてくる。限りなく透明に近いその青は、瞳の奥の方を捉えてきた。

 

 

しばらく視線が交差し合う。顔を背けようとしても逃げられない。好きという言葉に応えてしまいたくて、決まりきったシナリオから抜け出そうと口を開いたその瞬間、時間が止まりうつろになった世界は、膨らみすぎた風船のようにあっけなくパチンという音を立てて、弾けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

そこではっきりと目が覚めた。心臓がどきどきしていた。今はまだ夜明け前で、何もかもが青く染まっている。

 

昨日の夜、意識が溶けて沈み込んだベッドの中で何度も思った。〝後悔はしない、後悔はしない〟まるで心細い子供が泣いているみたいに、情けない呪文だった。眠りの中までは、人は強くいられない。

 

それに、弱くなったってもう、遅い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

✨告白された晩に、断ったことを後悔しないと何度も心に誓った先輩。しかし、ステージの翔湊の視線の先に女性がいるのを知り、心が揺れる。決まったシナリオ通りの告白を覆したくて言葉を紡ごうとするが……!?✨

 

ということでいつもの夢ですendです。彼女は捏造です。決まったシナリオ通りの告白も何も昨日の先輩です。終わったことを後悔してももう遅いんです。あなたは振ってしまったのだから。という話を書きました~~。語彙力をフルに使って描写したらどうなるんだろうという好奇心から生まれたので温かい目でご覧ください。